元気が一番整体室の『生きてるだけでまるもうけ!』 › 今朝の高崎駅前 昔住んでいた仙台の状況が心配です。
2011年03月13日
今朝の高崎駅前 昔住んでいた仙台の状況が心配です。
時より身体に感じる余震があるものの
高崎駅前辺りでは平静な日常生活を取り戻しているようです。
あら町の山車蔵もお陰さまで無事でした。

普段は観光客などで賑わう高崎駅も
今日はいつもより静かな日曜日の光景でした。
高崎駅発着の列車も一部間隔をあけての運行のようです。

平穏な日常を取り戻しているお陰で
テレビ等で映し出される
地震・津波の力の恐ろしさや深刻さが
信じられない気持ちです。
まるで映画を見ているような錯覚に陥ります。
福島の原発の事故も心配です。
私は昭和59年から4年間仙台にいました。
新卒後すぐに仙台へ配属になり
右も左もわからない新米サラリーマンとして
仙台市内・近郊を走り回っていました。
今でも地名を聞くと、あの辺りだな、と昔の光景が浮かびます。
現在、現地では救助・救援のプロが現地で活動しています。
今は彼らのプロの力が必要です。
私たちは、その後必要とされるであろう時に
支援が出来るよう、今は見守るしかないのでしょう。
じれったいですが、今はひとりでも多くの生存者の救出と
彼の地の皆さんの安全・健康を祈るばかりです。
高崎駅前辺りでは平静な日常生活を取り戻しているようです。
あら町の山車蔵もお陰さまで無事でした。

普段は観光客などで賑わう高崎駅も
今日はいつもより静かな日曜日の光景でした。
高崎駅発着の列車も一部間隔をあけての運行のようです。

平穏な日常を取り戻しているお陰で
テレビ等で映し出される
地震・津波の力の恐ろしさや深刻さが
信じられない気持ちです。
まるで映画を見ているような錯覚に陥ります。
福島の原発の事故も心配です。
私は昭和59年から4年間仙台にいました。
新卒後すぐに仙台へ配属になり
右も左もわからない新米サラリーマンとして
仙台市内・近郊を走り回っていました。
今でも地名を聞くと、あの辺りだな、と昔の光景が浮かびます。
現在、現地では救助・救援のプロが現地で活動しています。
今は彼らのプロの力が必要です。
私たちは、その後必要とされるであろう時に
支援が出来るよう、今は見守るしかないのでしょう。
じれったいですが、今はひとりでも多くの生存者の救出と
彼の地の皆さんの安全・健康を祈るばかりです。
Posted by 元氣が一番! at 08:59│Comments(0)